2008年10月20日

Tokyo!

映画『Tokyo!』を撮った三人がそれぞれ東京の印象を語っていて、それがけっこう興味深い。外国人映画監督は東京をどう思ったのだろうか。

カラックス。彼はまず、彼の撮った映画が現実とは関係ないことを説明することからはじめている。

「私は映画を撮影するときには、現実とは違う知覚をしているので、現実の世界を実際に見ているわけではない。だから、日本や東京に対する全体の知覚というのはない。ただ、ひとつ気になったことは、東京にいると警察官の姿がまったく見えないが、何かあるとすぐに誰かが警察を呼ぶんだ。それは撮影だけでなく、色んなケースでそういうことがあると思うが、何かがあると誰かが匿名で警察に密告する社会だということを感じた。本来ならば、密告するような連中を制裁されてしかるべきだが、日本ではどちらかというと密告を推進するような社会だと感じたんだ」

日本語できないだろうにどうしてそんなことを発見できたのか不思議だけれど、これはまさにその通り。日本人はなにかあるとすぐに「警察呼ぶぞ!」と言わないだろうか? そして、密告を推進するというだけではなくて、相互に監視し合っている社会だとも言える。たとえば「自転車乗り入れ禁止」と書かかれた公園に自転車を(乗ってではなく)曳いて入ったとすると、たとえ明らかに誰にも迷惑をかけていなくてその可能性がなさそうな場合でも、すかさず「ここは自転車禁止ですよ」と声がかかる、そういう社会だ。

なぜか、それは人々の他人に対する警戒基準が「自分にとって」どうであるかというよりも、「規則を守っているか」というところに置かれているからだ。各場所ごとに様々な規則があり、それを他人が守っているかどうか注視している、そんな社会なわけだ。人々の行動基準がいったん規則へと送り返される社会では、人々同士の接触は非直接的なものにならざるをえない。そこで次のポン・ジュノ監督が語るような印象が出てくる。


ポン・ジュノ

「電車の中の光景や、一人で食堂に入る人の姿など、東京ならではの独特な寂しさ。明らかに寂しそうに見えるのに、寂しくないふりをしている人々に興味を持ち、それを極端に表現しようとしたときに、引きこもりを主人公にしようと思った」

さすが映画を作る人間だけあって、東京の人の心理状態をよく見ている。これはすごい。孤独なのに、人との接触を避け、かつ各人がそれぞれ孤独であることを各人が努めて無視しようとしている、そんな雰囲気を感じ取ったのではないだろうか。東京の人間の心理というのは本当に複雑きわまりない。そういうところに興味を持ってもらえるとはもう日本人冥利につきると言いますか。

ゴンドリー監督の印象はまあ普通だ。

人々がいい意味で控え目なのに対して、建物はどれも個性豊かでとても自由な表現をしている

確かに映画なのなかでも建物にけっこう焦点があたっていたと思う。東京はなるほど、建物の自己主張だけが強く、人々は匿名性のなかに埋没したがっている。そこがまたシュールレアリスティックだ。
posted by なんぽるとける at 11:34| ホノルル ☀| Comment(0) | TrackBack(1) | 日本、日本人、日本語 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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Michel Gondry/Leos Carax/Joon Ho Bong, Tokyo!, 2008
Excerpt: 外国人三人が東京を題材に映画を作った。東京がこういう形で外国人監督を結びつけるのは面白いよね。もしこれが「日本」だったら映画にはなんないけれど、東京だからこそなんとかテーマ性が生まれる。これはいい企画..
Weblog: 映画狂人百歩手前
Tracked: 2008-10-27 14:37
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