2012年02月08日

Ash WednesdayT

T・S・エリオット
「聖灰水曜日」より



もういちど ふり返りたいとは 思わないから
ぼくは 思わないから
ふり返りたいとは 思わないから
こいつの才能や あいつの能力がほしくて
そういうものを手に入れようと ムキになったりはしない
(どうして 老いたワシが翼を広げなければならない?)
いつもこの世界を支配してきた力が 消え去ったって
どうして ぼくが嘆かなければならない?

いつも前向きだった時間の輝きが うすれたことを
もういちど 知りたいとは 思わないから
ぼくは 考えないから
たったひとつの ほんとうの つかのまの力を
この先知ることはないんだと ぼくは知っているから
木々に花が咲き 泉がわくところ そこにはもう何もなくて
ぼくはもうそこで飲むことはできないんだと 知っているから

時は いつも 時だし
場所は いつも そしてただ 場所だし
この世界にほんとうに在ることは ただあるいっときだけ
ただひとつの場所でだけ ほんとうに在ることなんだと 知っているから
いろんなことが あるがままで ぼくはうれしい そして
あの聖らかな顔と
あの声とを ぼくはあきらめる
もういちど ふりかえりたいとは 思えないから
そこに立ってうれしいと思える何かを 作り出さなくてはならなくて
それで ぼくは うれしい

だから 神に祈って ぼくたちにお慈悲を と
だから ぼくは祈る
自分について あまりに語り 説明しすぎた いろんなことを
ぼくが忘れますように と
もういちど ふり返りたいとは思わないから
これらの言葉が 
すでにやってしまって もういちど やるべきではないことへの
     答えとなりますように と
ぼくたちの受ける最後の裁きが きびしすぎませんように と

翼は もう翔ぶための翼ではなくて
大気を打つただの篩<ふるい>だから
しかもその大気は 今はすっかりちぢこまって 乾いていて
意志よりも ちぢこまって 乾いているから
ぼくたちに教えて 心にかけることと 心にかけないでおくことを
ぼくたちに教えて どうしたら 静かな心でいられるのかを。

ぼくたち つみびとのために 祈って 今も そしてぼくたちの死の時も
ぼくたちのために 祈って 今も そしてぼくたちの死の時も。

*******************************************
T

Because I do not hope to turn again
Because I do not hope
Because I do not hope to turn
Desiring this man's gift and that man's scope
I no longer strive to strive towards such things
(Why should the aged eagle stretch its wings?)
Why should I mourn
The vanished power of the usual reign?

Because I do not hope to know again
The infirm glory of the positive hour
Because I do not think
Because I know I shall not know
The one veritable transitory power
Because I cannot drink
There, where trees flower, and springs flow,
   for there is nothing again

Because I know that time is always time
And place is always and only place
And what is actual is actual only for one time
And only for one place
I rejoice that things are as they are and
I renounce the blessed face
And renounce the voice
Because I cannot hope to turn again
Consequently I rejoice, having to construct something
Upon which to rejoice

And pray to God to have mercy upon us
And I pray that I may forget
These matters that with myself I too much discuss
Too much explain
Because I do not hope to turn again
Let these words answer
For what is done, not to be done again
May the judgement not be too heavy upon us

Because these wings are no longer wings to fly
But merely vans to beat the air
The air which is now thoroughly small and dry
Smaller and dryer than the will
Teach us to care and not to care
Teach us to sit still.

Pray for us sinners now and at the hour of our death
Pray for us now and at the hour of our death.
posted by なんぽるとける at 08:47| ホノルル ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年02月01日

民主主義=選挙制度ではない

今回は、民主主義ってのは選挙制度とイコールではないってことについて話しておきたい。これはすごく大事なことだ。民主主義の本質ってのは、国家の大事な決定を民主的なプロセスで行う、ということにある。民主的な過程ってのが重要。つまり、選挙で選ばれたから人の意見無視して独裁するってのは民主主義的ではない。歴史的になんどもそういうことがあったけれど、それは人が民主主義って何かってことを理解していなかったからだと思う。

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B8%E3%83%B3%E3%83%90%E3%83%96%E3%82%A8(ジンバブエ)

ヒットラーは民主的に選ばれ、すべての権力を掌握し、独裁した。ジンバブエでも同じことが起き、気まぐれな政策によって国の経済は崩壊した。民主的でないプロセスによってなされる決断というのは、往々にして極めてリスキーな結果をもたらす。

おおまかに言って、政治的立場には、右、左、アナーキスト、ファシスト、全体主義者、そして独裁主義者がある。右も左も民主主義自体を否定したりしないが(少なくとも日本以外の国ではそう)、後者4つは違う。政治家が自分のことを独裁主義者だと言って支持を集めるということは、それだけ民主主義を放棄したい人がいるということだと思う。

確かに、面倒だから彼の言うとおりでいいや、という態度は、とっても日本的かつ現代的だと思う。みんなものを考えたがらないので、一人のする決定に依存するようになる。それは民主主義を放棄するということだけど、みんなそれでもいいと思い始めている。でもその結果、どういうことが歴史上起きてきたか、ということは知っておいたほうがいい。

ぼくは日本という国はなんだかんだ言ってもそこそこ民主的な国だと思う。それは、言論の自由があり、政策決定について誰もが自由に意見を言えるからだ(中国ではこれはありえない)。これは、批判するってこととは違う。民主的なプロセスってのは、批判をうまくかわしてなだめて決定に持ち込むってことじゃあなくて、みんながまがりなりにも納得できる地点まで議論して、そんで決めようってこと。ところが、日本の政治ではみんなあまりに長い間非生産的な批判の応酬しか見て来なかったので、そんなら独裁でいいや、と思っているのかもしれない。

確かに、日本の政策決定の場面においてあるのは批判の応酬か、密室決定だ。民主党が年金の支給を65歳に遅らせるっていう決定をなんの議論もなしに決めていて、ああこいつらも同じか、とぼくは情けなくなった。こういうことは、民主的な国家では決してあってはいけない。どんな大事で、緊急を要する課題でも、必ず議論のやり取りと、大勢の賛同がいる。それを経ないと、結果的にはよりとんでもないことになる可能性が高い。
http://www.zakzak.co.jp/society/politics/news/20111026/plt1110261618007-n1.htm(年金支給引き上げで1880万円大損!民主は国民“虫けら”扱い?)

議論するってのは、批判するってことではないのだけど、それをわかっていない人が多い。ある法律を設定するとして、こういう場合はどうなんだとか、それじゃあ穴があるとか指摘して、より良いものにしていく、そういうのが議論。自民が政権をとっていたときは、自民と公明党の間にそういうたぐいの生産的な議論が(それなりにあることも)あった。もしこれが一党独裁とかになると、そういう議論はなくなり、どんな法律でも通るようになる。それは民主主義ではない。

要するに、民主主義ってのは制度とか憲法でがっちり守れているものではなくて、あくまでバランスの上でなりたっている不安定なものだ。たとえ面倒でも、多くの人の意見が反映された決定のほうが、より安全だ、ってのが民主主義の根本的な考え。いやそれはやめて、政治的につねに正しい決断をするある人にすべて委ねてしまおう、と思う人は、そういう国をどっかに建国してそこでそれをやってほしい。
posted by なんぽるとける at 14:38| ホノルル ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 政治 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年01月30日

おもしろすぎる日本(人?)

日本語をネイティヴで読める、ということはとても恵まれたことだと思う。大島弓子や萩尾望都を原書で読める(まあ翻訳なんてないけど)というだけでなく、これほどいろんな情報が安価に手に入る言語ってのはほかに英語しか無いと思う。本なんかも刷ってる部数は少ないのにびっくりするくらい安くて、入門書みたいなのが豊富だから、あらゆる分野について手軽に勉強できる。日本語ってのは、天才を生む条件のようなものだと思う。

でも、日本語がお得な言語であるってだけじゃあない。日本語で書かれたものが面白すぎる、のである。たとえばいま話題のこれ。

ゲーセンで出会った不思議な子の話
http://blog.livedoor.jp/kinisoku/archives/3248942.html

これなんか、ぼくが映画化権独占したい。それくらいよくできている。とくに女の子のエピソードが全部秀逸で、ユニーク。ここまで面白いと、つくり話かどうかっていうのはどうでもいい。

今日最終書き込みがあって終わったばっかりの

駆け落ちして田舎から逃げた話
http://blog.livedoor.jp/himasoku123/archives/51693300.html

も面白い。これも登場人物がいい味を出している。

ぼくはこういうのつくり話じゃあないと思う。作り話にしては細部が混んでいるし、プロがそこまで作りこんだ話をタダで提供するわけがない。映画化が条件になっていたとしても、書き手本人は表に出てこれないわけで、こんな形で作品を出してくるメリットがない。

ヤクザに顔射したら大変なことになった
http://blog.livedoor.jp/himasoku123/archives/51634113.html

このまとめスレは笑い過ぎ注意報発動中。

スレでの自分語りの面白さってのは、すでに完成された形でこっちに手渡される小説や映画では味わえない。ライブで語られて、しかも読み手とのやりとりがあるっところが、かつてのメディアにはなかったところ。ぼくはこれが21世紀の主流メディアになると思う(嘘)。

根っからDQNの俺を変えた二年間
http://2log.jp/news4viptasu/1325773737

これがぼくの一番のおすすめ。ぼくは泣かなかったけど、この人が語る波乱万丈の人生は強烈に面白い。やっぱりこの人自身が体験したことを語っているからなのか、彼が感じことなんかがリアルに伝わってくる。

ほんとに、一度この面白さを味わってしまうと、生半可な映画や小説にはもう戻ってこれなくなる、それくらい面白い。やっぱりぼくは日本語が読めて幸せだ。
posted by なんぽるとける at 14:36| ホノルル ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 日本、日本人、日本語 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年01月18日

日本の労働とサービス残業

ついちょっと前、内定取り消しというのが話題になったけれど、今のトレンドは「新卒切り」だそうな。

下の書き込みでは新入社員の悲痛な叫びが…

今年の4月に入社した新入社員です。即日退職したいです。
http://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q1260540007

これに対する回答に「新卒切り」ってあったので、なんのことか調べてみた。
http://dic.yahoo.co.jp/newword?index=2010001904&ref=1

これを読んで背筋が寒くなった。日本人人間として終わってる。とくに上で挙げた例では、明らかに職場の労働者側が企業の犯罪に積極的に加担している。これって日本では広く知られていることなのだろうか? であるなら、政府(国会ではなく)がいますぐ緊急の対策を取るべき問題だと思う。この問題を扱う弁護士に報奨金を出すとかするべき。これ、1000万円は賠償が取れる、というか取るべき案件だと思う。

いつから日本の企業は労働者を人間扱いしなくなったのか。ぼくは、日本社会の諸悪の根源の大部分は、「サービス残業」にあると思う。労働に対して対価を払わなくていいと思っている企業は、腐る。そしてそこで働く人間も、そこの人間関係も崩壊する。

ということを思ったのは、下のブログを読んだから。

外食産業の裏側
http://rinakoriga.blog96.fc2.com/

なかでも下のエントリーが興味深い


「だから時間前から働いては駄目」


採用して間もないフリーターの20代女性がいた。

キッチン採用だった。

少し前から気になっていたことがあったので、注意することにした。

仮に名前を佐藤さんとしよう。。。


佐藤がやってきた。

控え室に行ったので、私もパントリーから控え室に行く。

私「お疲れ様です。えぇー。佐藤さん、今日、出勤って何時でしたっけ?」

佐藤「17時からです。」

私「今、16時05分ですからかなり早いですね。」


佐藤は笑顔で続ける。

佐藤「いえ、新人だから出来るだけ早く来て仕事を覚えたいので」


言い難そうに私が言う。

私「いや。一応、アルバイトは防犯とか労務管理の観点から30分以上前に店に来るのを禁止してるんですよ。退勤時間に関しても、仕事が終わってから15分以内に店からでるように決まっていまして。。。」

私はあわてて付け加える。

私「いや。あのぅ。別に防犯っていっても、佐藤さんを疑うとかそういうわけではなくて、なにかあった時に疑われないためでもあるんですよ。」

佐藤は少し表情を曇らせていた。

私「あと、早く来たからっていって時間前にキッチンに入るのもやめてほしいんですよ。」

佐藤はまくし立てるように言う。

佐藤「いや、でも、新人で覚えること多いし、仕事が終わらないから。。。」

私「たしかに。。。でも、佐藤さんが入ってる時間内で働いてもらわないと困るんですよ。4時間分の給料しかあげてないのに5時間働いてもらうわけにはいかないんですよ。」

佐藤は毅然とした表情で言う。

佐藤「いえ。別にお金とか大丈夫ですから。」

私「いや。そうじゃなくて、佐藤さんはよくても、他の人にとっても困るんっすよ。」

佐藤は少し困惑したような表情である。

私「佐藤さんが4時間分の給料で5時間分働いてるのに、他の人は4時間分の給料で4時間働いてるのに差が出るじゃないですか?」

私「たとえば佐藤さんの後ろの時間帯に入ってる人にしてみれば、佐藤さんの後は補充も出来ててキッチン内もきれいな状態なのに、他の人の時は補充も出来てないしキッチン内も荒れてるとかになってくると、後ろの人は佐藤さん以外の人に、”佐藤さんは出来てるのに、なんであんたは出来ないの?”みたいな不満を言う人もいるわけですよ。」

私「でも、それって1時間分ただ働きしてるからこそできてるっていう部分が大きくなるわけですよ。」

私「そしたら、やっぱ、もめごとの原因にもなるし、当然、僕が文句言われる側の人間だったら、”佐藤さんは1時間ただ働きしてるから後ろの人にちゃんとしてるって言われるけど、自分はスケジュール通りきて、さぼらずにこの時間帯に出来る精一杯のことをやっていても、1時間分ただ働きしている人と同じクォリティーを求められても困ります”と社員に文句を言うと思うんですよ。」

佐藤は少しムッとした表情になっていた。


私「現実的にもう、いっしょに入ってる何人かは佐藤さんと若い学生と比較して控え室で文句言ったりしてるんですよ。」

佐藤はムッとした表情のまま語気を強めて言う。

佐藤「じゃあ、じゃあ、仕事が終わらなくても文句言わないんですよね?他の人が少しでも文句言ったら、○○さん(私)のせいだって言っていいんですね?」

私「いやぁ、まぁ、時間内にできるベストのことをしてくれればいいです。」

私は少しその場を取り繕うように言う。

私「いやぁ、本当にやる気があるのは嬉しいし、他のいっしょに働いてる人からも評判いいんですけど、たとえば、キッチン内で怪我とか佐藤さんがした場合とかも、労災のこととも関係してきたりもするし。。。色々、大人の事情もあるし。。。」

私「でも、まぁ、一番、僕が思うのは、入ってる時間以上に働いちゃうと仕事のハードルがどんどんあがっていって、佐藤さん自身に今後、求められる仕事量が時間内にできるものじゃなくなってきて、嫌になってやめちゃうのが怖いんですよ。」


佐藤は顔をこわばらせながら黙ってきいていた。

私「それに今後、佐藤さんが1年、2年と、この店で働いて後輩が出来た時に、やっぱり自分と比べて、”私はこれだけやったのに、なんであなたはこれしかできないの?”みたいになってくるのも怖いんですよ。」

私「まぁ、そんな感じです。」

佐藤はあまり納得していない様子で口を開く。

佐藤「じゃあ、今後、来るの1分前とかでいいってことですよね?それで時間ぴったりにキッチン内に入ればいいんですよね?」

私「もちろん。ただ、1分前だと着替える時間とかでキッチンに入るのに遅刻しちゃうかもしれないから。。。まぁ、キッチンに入る時間が遅れなければ別に大丈夫ですけど。。。」

佐藤はやっぱり釈然としない様子だった。


引用終わり。

これ、初めて読む人は、なぜ書き手がそこまでして一時間の時間外労働を見過ごせないのがあまりわからないと思う。なんでそこまで執拗にこだわるのか。ぼくもそう思った。でも、この問題は、ここで彼が「佐藤さん」に直接言っていることよりもずっとずっと深い、ということがこのブログを読み進めるうちにわかってくる。

なかでも重要なのはこのエントリーと、
http://rinakoriga.blog96.fc2.com/blog-entry-339.html
これ↓
http://rinakoriga.blog96.fc2.com/blog-entry-279.html

時間外労働は、働く人間の不満を知らず知らずのうちにため、やがてはそこでの人間関係に決定的なダメージを与える。いったん「モンスター化」した従業員が原因になって、新人が定着しなくなり、結局その従業員に頼り続けざるを得ないという悪循環に陥る。だいたいこういう問題が、このブログでは延々と語られる。

過労死なんかの問題も、要は「サービス残業」の部分を企業が支払わないから生まれてくる。

このブログの書き手は、日本社会にはびこる害悪をすごく的確にとり出していると思う。時間外労働の蔓延は企業のモラルハザードをうみ、マネージメントの崩壊を帰結させる。これが、歪んだ人間関係と、職場でのストレスを生み出す。日本でやたらと人に対して高圧的だったり、無作法な人がいるのは、その人が抱える職場でのストレスが原因だと思う。

ちなみに、「サービス残業」支払い拒否に際する、企業の言い分がぶっ飛んでいて笑える。

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この日に会社が提出したのは、原告らと会社と契約は労働契約ではなく業務委託契約だということ、9月9日通達に照らしても、スウィングマネジャーだった原告は、管理監督者であって残業代請求できないという書面でした
http://www.news-pj.net/npj/2008/sukiya-20080806.html
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業務委託契約とは?
http://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q1310982543

これを読んでいて、案外笑い事じゃないかも、と思うようになった。今後、企業は自社社員やバイトを「業務委託契約」とか言って責任を引き受けなくなっていくかもしんない。マクドナルドが、直営店のFC化を推し進めているけれど、こういう動きが「直営店」のなかでさえ起こっていくんじゃないか、さらには自社ビルで働く社員に対してもそういう扱いをするようになるんじゃないだろうか。

こんな動き、ほっといたら日本は終わるのに、メディアや政府は何をしているんだろうか…
posted by なんぽるとける at 14:34| ホノルル ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 日本、日本人、日本語 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年01月17日

ヨーロッパの終焉

こないだフランス国営放送見ていたら、子供というか10代にもわかるような調子でユーロ危機について解説している番組を流していた。Arteっていう真面目なチャンネルでだ。

去年の5月くらいからこのニュースをチェックしているけれど、だいたいこんな感じで論調が変わってきた。


去年5月くらい
フェーズ1・ちょっとギリシャでやばいことになってるんだけど。ほっといたら世界金融危機がまた来るぞ。きちんと打つ手を打たないと。来月の会合のギリシャ救済策に期待。

去年11月くらい
フェーズ2・そろそろ余裕がありません。というか、もうギリシャは救えません。ほっといたらヨーロッパの経済はむちゃくちゃになるぞ。来月の会合でなんか対応が出てくるのを期待。

フェーズ3・もう手遅れ。メルケル無能。ヨーロッパおわたw
http://jbpress.ismedia.jp/articles/-/34324
↑いまココ

という感じで、ヨーロッパ終了です。どうもありがとうございました。

対応が遅ければ遅いほど、こういうのは傷口が広がり、今やもうどうしようもない。

フランス人はドイツ人がヨーロッパの主導権を握るのが気に入らないらしくて、ぐだぐだ言っているんだけど、その程度で文句言っていられた今の時期がそのうち懐かしくなるだろう。

誰もその中身を見ようとしなかったパンドラの箱はもうすぐ開く。らららららー

ぼくはなんだかんだでここ数百年続いてきたヨーロッパの時代が終わるそのときを目撃しようとしている。何が起こるか。

いや、何が起きるかなんてもうわかりきっている。歴史上で何度も同じことが起きてきた。

でも、今回起きることは、ユーロが崩壊して、各国通貨が切り下げることになる、とかその程度じゃないと思う。通貨切り下げなら韓国でも起きた。

きっと今回、経済的にヨーロッパは二度と立ち直れない打撃を受ける。それ以上に、ヨーロッパを支えてきた誇りみたいなのがなくなり、より閉鎖的になっていくと思う。

すでにユーロは第二次大戦以来のヨーロッパの愚行とまで言われている。世界にその文化やなんかを誇ってきたヨーロッパが原因で世界恐慌が起きる。しかも、政治的失敗が原因で。このショックからヨーロッパ人は二度と立ち直れないだろう。

民主主義より、経済の論理が国を支配するようになって、社会補償がなくなっていくとか、そういうのはヨーロッパをヨーロッパたらしめていたものが破壊されるってことだ。アメリカでも80年代以降日本のせいで同じことが起きたけれど、彼らは資本主義の論理をもともと持っていた。でもヨーロッパ人(ドイツ人は違うかもしらんが)はそうじゃない。今後、ヨーロッパは世界の中のただの一地域になって、その存在感をなくしていくだろう。
posted by なんぽるとける at 14:33| ホノルル ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 国際 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年01月16日

少女時代

今年の紅白はユーミンやLady Gagaが出たりして紅組が勝ったとか。それでネットでビデオを見てたら、少女時代のPVにたまたま出くわした。びっくり。これ全然韓国っぽくない。韓国のアイドルグループつうから、チマチョゴリを着て韓国語で歌っているのかと思ったらぜんぜんちがった。



このPVが見た中では一番出来がいい。

長年日本を離れていると、もう日本のTVで何が受けているかとかまったくわかんなくなる。しかしこれは想像と現実のギャップにびっくりした。

彼女らが目指している(というかコピっている)のはLady Gagaで、明らかにAKB48が目指している(コピっている)ものとは違う。後者は日本の市場をよく知っていないとプロデュースできないしヒットしないだろうけど、少女時代は全世界で受ける(可能性がある)。

ヨーロッパで日本や韓国のアイドルグループがなぜ受けるかという話をまえフランス人から聞いたことがある。なぜかというと、こっちには若いアイドルグループってのがそもそも存在しない。歌ってのはだいたいが一人で歌うもので、でなければバンド。つまり、歌手か、バンドしかいない。

欧米で評価されるというか、メディアに出てくるのはまずは音楽が評価されるからだ。マドンナもLady Gagaもまずは音楽が評価された。ところが、若さと踊りが評価されてメディアに出てくるってことはまずない。これは基本欧米のメディアってのはスノッブ(http://www.j-cast.com/2012/01/16118991.html)で、若者をターゲットにしていないからだと思う。だからL'arcとか東方神起とかがこっちのアドに受ける。

少女時代を見よ! 気持ちがいいくらいのオリジナリティのなさ。あるのはクールなのりと踊りと女の子だけ。これがグローバルな商品というものだ。

でも、なんで韓国からこんなのが出てくるんだろう。

と思って調べたら、Wikiにはどうやってプロデュースされてきたのか、振付師は誰なのかとか何にも書いていなかった。んなあほな。で、調べてみると…

上のpVの曲MR.TAXIのコレオグラフは日本人。マイケル・ジャクソンに憧れてダンスをはじめたそうだ。やっぱりねって感じ。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%BB%B2%E5%AE%97%E6%A0%B9%E6%A2%A8%E4%B9%83
編曲は欧米人五人と日本人。PVの監督はわからなかった。

というわけで、少女時代の使っているものには韓国のかの字もない。音楽やダンスはどう見ても欧米からはいってきたものだ。これ、日本でもプロデュースできたと思う。だってこれなら日本にもリソースあるもん。でも、このとことん欧米風っていうのは日本ではでてこないと思う。少女時代とAKB48の振り付けの違いをよく見比べて欲しい。



じつはAKB48のCDなんかはフランスでも売れている。少なくとも日本の音楽の中では一番売れている方だ。でも、これはどう考えてもニッチな感じ。パリでコンサートやってもきっとオタクな野郎しかこない。でも少女時代は下手したら下手する(まあでもまだまだだけど)。

韓国や台湾はもともと国内マーケットが狭いので、国際的戦略を考えないといけない。日本は国内市場が大きいので、そんなに世界戦略とか考えていない。アメリカデビューとかはあれは見栄でやってるだけ。たまたまアジアで受けて有名になるって感じ。アジアで絶大に受けても「世界的な人気」とは言わずに、アメリカで五万枚CDが売れただけで「世界的な歌手」になるのはなんでなんだ。ま、その辺の意識の違いが、今後こうした分野でも韓国に負けていく原因になると思う。
posted by なんぽるとける at 14:31| ホノルル ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 音楽 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年01月14日

民度の低い国には住みたくない

常々思うことに、ここより民度の低い国には住めないなってのがある。まあもう長い間住んでいるので、慣れてきたけど、もし実態を詳しく知っていたら、フランスに来たいとは思わなかったと思う。まあ、もともとそんなに住みたいわけではなかったけど。

例えばこういうニュースがある。

幽霊と間違われた男性、生きていることを証明するために死亡
http://rate.livedoor.biz/archives/50125774.html

これはカンボジアの話。
これについてのコメントがある。
http://blog.livedoor.jp/curtius/archives/50241601.html

ちらっと人のブログで見たけど、マレーシアなんかも似たようなものらしい。

インドや南アフリカだと、病院で糖尿病患者の目玉がアリに食べられるとかよくあるって話も聞いた。まあそれは民度の問題じゃないけど。

ナポリにはゴミがあふれている。イタリアは無理。
http://labaq.com/archives/51690144.html

イギリスやスペインは暴動があるし、ドイツはドイツ人が外国嫌い。

中国や韓国は公共交通機関が危険すぎ。それに中国は婚活が厳しい(どうでもいいけど)
http://nikkan-spa.jp/124286

ロシアではクレムリンが爆発するし、ドバイでは砂嵐がすごい



NYCでは冬にパンツなしで地下鉄に乗らないといけない



スウェーデンは税金高すぎだし、オーストラリアは今や中国人ばっか。
http://www35.atwiki.jp/kolia/pages/772.html


すると
残る選択肢は
ハルクがぶっ壊しながら逃げていたブラジルの貧困街で暮らしてお金を節約して
http://www.pantanal.rossa.cc/afupm/pobreza.html

モントリオールの高級住宅地の英語圏でフランス語系住民を見下して
http://p.tl/U_PD

世界的に孤立する台湾で古き良き日本を懐かしみながら人生を終える
http://www.taipeinavi.com/special/5035818

…のがよいだろうか。
posted by なんぽるとける at 14:28| ホノルル ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 国際 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年01月11日

学問における普遍性と一般性について

今回は真面目な話。

森岡正博さんの下のリンクの文章を読んだ。

http://www.lifestudies.org/jp/tetsugaku01.htm
「現代において哲学するとはどのようなことなのか」

彼の言っていることは概ね共感できるのだけど、少し違うなというところもある。それは、学問の普遍性にかかわることだ。

学問というのは普遍性と客観性を目指している。というか、それがないと学問ではない。多様な状況を包括でき、そのことが多くの人に、かつ反復的に確認できる理論を構築するってのが学問の使命。時々の感情や状況によってその理論を支持できるかしないが変わるってのは学問じゃない。ゆえにフェミニズムは学問ではない。

例を挙げて考えてみよう。

たとえば、いま経済が危機にある。この危機に対応できるけど、この危機のときだけに有効な経済理論がある。でも、他方には、どんな状況をも説明できる普遍的な理論があって、それを今こうすれば適用できるってのがあるとしよう。どっちがより学問的かというと、後者だ。なにせ、後者は今まで通常の時期でその有効性が確認されてきたのだけど、前者はこれから確認しないといけないし、そもそも、今しか有効じゃないってのはペテンくさい。

同じように、動物行動学で、特定の猿にしか通用しない理論よりも、哺乳類一般に適用できる理論のほうがより普遍的だ。これは、よりシンプルな理論のほうがつねに支持される、ということでもある。様々な状況やケースに応じて修正を加えなければ通用しない理論よりも、多様な状況に一般的に通用する理論のほうが価値が高い。というのは、後者のほうがより包括的だからだ。

普遍的ってことは画一的ってことを意味するのではなくて、むしろ多様な局面を包括するということだ。

哲学でも同じ。今の時代にのみ適用可能な理論よりも、人間誕生以前から今まで通用する理論のほうがより汎用性が高い。つまり、より一般的だ。

ということなので、森岡正博さんがいうように、哲学が「現代社会の問題」にとくに特化する必要なない。そうではなくて、現在の学問的発展や知見や状況を全部新たに考慮することがらに加えた上で、今や昔や将来全部ひっくるめて考えられるような、ある一版的な概念や理論を提出する、そういうことが哲学の本来の課題だ。哲学の対象となる分野も多岐に渡るので、そんなことは不可能と思うかもしれないけれど、それでも最も基本的な思考法ってのは存在しえる。というかある。

というわけで、一般性や普遍性、これが学問において一番大事、ということを今回は言いたかった。
posted by なんぽるとける at 14:24| ホノルル ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 哲学 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年12月31日

ついに欧米に追いついた日本

ぼくがとっているメルマガのひとつのなかで、こんなことを書いてあった。書き手は一昨年まで中国に住んでいたらしく、そこで中国人のエネルギーといまの日本人の現状の差にびっくりしたらしい。

曰く
・・・・・・・・

お互いを褒めたたえ合い、
大きな声で笑いながら、
アルコール度数50度を超える「白酒(ばいじょう)」を、
飲み干す漢(おとこ)たち。


高度成長期真っ只中の中国本土。

僕と同じ30代の彼らが、

「オレはナンバー1になる。
 中国を世界一の国にしてやる!!(中国語)」

そう狂ったように叫びながら、


また瓶のまま、ビールをラッパ飲みしだす。

・・・・・・・・・・・・・・・・・
これに対して
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

恐らく日本に住んでいた頃の僕なら、

丁度今日のような年末なんかには、

地元(横浜)駅前雑居ビルの中にあるような、
居酒屋とか焼き鳥屋なんかに、

同年代の気の合う仲間たちと共に、
しけ込んでいたのだと思います。

そして、

大してアルコール度数も高くない、
焼酎水割りを片手に、
酔っ払った気分に浸り、

いかにも知ったような感じで、

「日本の今の経済は最悪だ。」

「日本の政治は一体どうなってるんだ?」

「僕たちって本当に不幸な時代に生まれたよな。
 誰か何とかしてくれないものなのかね。」

時折タバコをふかして間を繋ぎながら、
世の中の不平不満をまき散らしていたのだと思います。

・・・・・・・・・・・・・・・

書き手は自分のこととして、書いているいるけれど、
これはどこにでもいる日本人の姿だと思う。

彼はいまの日本は敗者の精神だ、と言って
かつて高度経済成長を経験して有頂天になっていたときから
まっさかに落っこちたのに、プライドだけは保とうとしている
それがいまの日本だ、みたいなことを言っている。

ぼくはこれを読んで、なんだ、日本も欧米と同じじゃん、と思った。

とくにヨーロッパのいまの雰囲気なんか、そんな日本と同じだと思う。
日本ほど陰鬱ではないかもしれんが、若者には希望がないし
社会や政府に対して批判的かつ無気力ってのは同じ。

ぼくは、これは、ついに日本が完璧に欧米と肩を並べた証拠だと思う。
欧米というかヨーロッパはとくに斜陽の世紀。日本もそう。
かつて「先進国」と呼ばれた国々が没落していく時代で、
日本もその一員として立派にヨーロッパ諸国と肩を並べている。

このことに、日本は誇りを持つべきだとそんなことを思う、暮の日々であった。
posted by なんぽるとける at 14:23| ホノルル ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 日本、日本人、日本語 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年12月21日

前の前の首相が誰だったかより大切なこと

今回はゲーム音楽のお話。

定番はこのへんでしょう



この曲は音楽の教科書にも載ったらしい。作曲はムーンライダーズの鈴木慶一。この人、『座頭市』では日本アカデミー賞最優秀音楽賞をもらっている。

ゲームのサントラがまた発売されている。これは名作。http://p.tl/fWTL




誰もが知っているこの曲。作曲は近藤浩治。このへんになると、日本より海外で作曲家として評価されている感じ。この人の言っていることがなかなか面白い。

http://game.watch.impress.co.jp/docs/20070308/kondo.htm

しかし今聞いてもファミコン時代の音楽はシンプルで名曲が多い。



日本は世界的にも早くからテクノ音楽が発展した国だけど、テクノとゲームミュージックの間には切り離せない関係がある。その証拠の次の曲は1978年のYMOノファーストアルバムから



さて、このエントリーを書くきっかけとなったのは、ネットで彼らを発見したから。



こういうたぐいの音楽は前ちらっと聴いたことがあったけど、ジャンル名がわかんなかったので長い間探せなかった。ところが先日、チップチューンっていうらしいってのをついに知ったわけだ。要するに、わざわざ8BITの音楽をつくって、曲にレトロな味付けをしている連中のこと。

YMCKのCDはうちの近所のメディアテックにあったくらいだから、このジャンル、すでに海外でも評価されているようだ。テクノジャズって感じで、ゲーム音楽の感覚とアクチュアルな音楽をうまく融合させていると思う。一見レトロでも、やってることのレベルはまあまあ高い。



Saitone はすでに彼らの作品がほかの人によってRemixされるような存在。これはエレクトロ基調だ。ぼくは日本の音楽はPurfumとか基本テクノだと思っているけど、例外もいるんだなあ。

でも、8bitミュージックになんともいえん郷愁を感じるのって、うちらの世代だけではないだろうか。これ、いまの若者には「なんか変わった音楽」ってだけなのかもしれん。

ちなみにゲームの8bit音楽はNANOLOOPというソフトを使って誰でも作成することが出来る。
http://www.meditations.jp/nanoloop2.0/nanoloop2.html
posted by なんぽるとける at 14:21| ホノルル ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | まんが、アニメ、ゲーム | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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